作文クラス 課題 2 Peter C. John Stalvernは待っていた。 彼は地球でもっともすぐれた宇宙海兵隊員のひとりだった。宇宙海兵隊は皆の憧れであり、尊敬の対象であった。愛する地球のため、必要となれば彼自身の命をも懸けるよう、彼は訓練されてきた。彼は素手なら12通り、武器があればその倍以上の方法で敵を殺すことができた。恐怖という概念など、遠い昔に捨て去っていた。人間としての弱さや優しさを克服するための厳しい修行や訓練は、彼をレーザーブレードのように冷たく鋭い、ただの殺人兵器に変えていたのだ。 チカ、チカ、と明かりが不規則に点滅する。1回、2回。それから、部屋が完全な闇に包み込まれる。 全滅したか。 喉まで出掛かった悪態を彼はなんとか抑え込んだ。この状況で物音を立てることは自殺行為に等しい。彼の背後にある「Free Food」と書かれたネオンサインをドンドンと叩く方がよっぽどマシだ。基地には悪魔どもがいるーああそうだ、あのクソ野郎どもだ。そして、トランシーバーが故障する前に彼が聞いた情報によれば、どうも奴らとお友達になるのは無理そうだ。廊下で見かけた半分食い散らかされた死体が、その印象はより強くなった。 こうなることは前から予想していただろう、と彼は自身に語りかけた。もちろん、H. P. ラヴクラフトが創り出した、クトゥルフ神話の名状しがたい神性や悪魔のようなものがいるわけではない。だが、テレポーターの準備が始まったころから、彼は違和感を感じていた。「このプロジェクトは何かおかしい」と彼は直感で感じていた。臨床実験の発表があった後すぐ、彼が地球への異動届を提出したのも、偶然ではなかったのだ。UACでの任務に比べれば、地球での警備の仕事の給与が少ないことも、もちろん彼は理解していた。しかし、背に腹は変えられない。死んでしまえば給料などもらえないのだ。上官にも危険を伝えたのだが、Joson大佐は彼の警告を一笑に付し、相手にもしなかった。今頃、あのクソ上官も死んでいることだろう。 Josonは真面目で厳しく、それでいて公平な男だった。しかし凝り固まった考えの持ち主で、迷信のたぐいは一切信じなかった。Josonは親父になんとなく似ている、とJohnは歩きながらふと思った。少なくともあの事故の前の親父には。Johnが5歳の時、流れ弾がSteven Stalvernの顔に命中したのだ。彼は奇跡的に助かったが、脳に損傷が残った。事故をきっかけに、Stevenは完全に別人と化した。 「僕、大きくなったら宇宙船に乗りたいな。」Johnは一度、ガルガンチュア級の宇宙船が空気を震わせ、地球の重力を振り切るのを見ながらそう言ったことがある。その頃の彼は6歳。今の父親が、それまで彼が共に時間を過ごした父親と別人であることを理解できる程、彼はまだ成長していなかった。その時に感じた衝撃と恐怖を、彼は今でも鮮明に覚えていた。父親は彼を引っ叩き、彼の肩を強く鷲掴んだ。眼球が飛び出すのではないか、と思うほど彼の目は見開かれていた。 「ダメだ!」彼の父親は叫んだ。彼の声は狂気に当てられたかのようにかすれていた。「そんなことをすれば悪魔に殺されてしまう!」あまりの恐怖に、Johnは父親の言葉を信じ込んでしまった。 月日が経ち、彼も成長していった。世界の様々なことを経験するにつれ、Johnは自分の父親は狂っていたという事実に気が付いた。彼の父親に対する愛情は恐怖へと、そして侮辱へと変わり、最終的には困惑のような感情へと落ち着いた。14歳という多感な時期に宇宙海兵隊に志願したのも、そんな父親の影響があったのだろう、と彼は結論付けた。子供の頃の嫌な思い出と共に父親を地球に置き去りにしたいと、頭のどこかで願っていたのだろう。20代半ばを過ぎた今、Johnの脳裏に父親の言葉がよみがえって来る。なぜ今になって父親の言葉を思い出すのか、彼にも理由はさっぱりわからなかった。 Johnの顔に苦笑いが浮かんだ。あの老いぼれは狂っていたかもしれないが、正しいことも言っていたのだ。宇宙には悪魔が存在していた。 その時突然、無線機から雑音がした。静寂を切り裂くその音に、彼は現実に引き戻された。これには彼も悪態をついてしまった。彼は素早く手を伸ばし、彼だけに聞こえる程度まで無線機の音量を下げた。壊れたと思ってたのに、クソッ、と彼は心の中で呟いた。 「ーちらJoson」無線機から流れてきた声には雑音が混じっており、聞き取るのが難しかった。電波の状態が悪いのか、途切れ途切れの声のせいで全ての言葉を聞き取ることは不可能だった。「Johnー」一瞬の電波の途切れの後、「ーと戦うのだ!」 「よく聞こえません、Joson大佐」周りには聞こえないように抑えながら、しかしできるだけ大きい声でJohnは言った。無線機を握り締めた彼は顔をしかめた。返答がないのだ。少しの間の後、彼は肩をすくめ無線機を手放した。無線機の音が大きすぎたのだ。悪魔の餌にでもなりたくない限り、ここから移動しなくてはいけない。なぜ無線機から返答がないのか、考えている時間など彼には残されていなかった。いずれにせよ、Josonの命令は明らかだった。さあ、反撃の時間だ。 肩に掛けてあったプラズマライフルを降ろし、正面に向かって銃を構えた。注意深く周囲を確認しながら、彼は廊下を歩き始めた。暗視スコープを持ってくれば良かったと後悔する。廊下は何も見えない程の闇に包まれていた。暗闇に加え、廊下の設計のせいだろうか、足音が廊下に不気味に響き渡った。 その時、背後から何かの唸りが聞こえた。 その瞬間、彼の理性は考えることを放棄し、反射的に振り向いた。流れるような動きでライフルを構え発砲すると同時に、彼は横に身を投げた。ライフルから放たれたプラズマが闇に包まれていた廊下を太陽のごとく照らし、Johnは目を見開いた。その瞬間、プラズマが命中したのはただの壁だと気付いた。障壁は爆破され、隣の部屋の中が丸見えになっていた。周囲に漂う腐敗臭に、Johnは鼻と口を押さえかけた。 彼一人を取り囲む悪魔を数えながら、その絶体絶命の状況に反して落ち着き払っていた自分自身に驚いていた。彼が数えられた限りでは、二足歩行型の悪魔は最低でも12体、クモのような形をした悪魔が数体、そして悪魔の後ろの薄暗い影に潜んでいる巨大な何かを確認した。彼は目の端に彼のライフルを確認したが、先ほどの爆発の影響で手元からは離れてしまっていた。少なくとも2メートルは離れており、とても取りには行けなかった。 最初に口を開いたのは目のない悪魔の1体だった。その声はまるで、グラスをバリバリと噛み砕くような声であった。「我々を殺しに来たのか?小僧」と聞くその言葉尻には、明らかに嘲りが含まれていた。その悪魔は続けて何か言おうとしたが、影に潜んでいた巨大な何かがその巨大な手で悪魔の頭を粉々に粉砕した。悪魔は驚きの声を上げることすらなかった。 血肉と技術を組み合わせて作られたその悪魔の巨大な体には、管や点滅する光が無数に見受けられた。片腕にはロケットランチャーのような物体が取り付けられていた。その物体それ自体も恐ろしかったが、悪魔の全身から発されるおぞましさはそれ以上に尋常ではなかった。その悪魔の口からは、岩滑りのような声が聞こえてきた。「話すことなどない。死ね。」悪魔はロケットランチャーをジョンに向けて放った。彼は横に身を投げながら、訓練で教わったことを思い出していた。「爆発物を避ける時は、壁から離れろ」次の瞬間、ロケットは唸りを上げながら彼の横を通過し、壁へと直撃した。 プラズマライフルを再び手にした彼は、無我夢中で発砲した。白く尾を引きながら飛んでいくプラズマは、巨大な悪魔の胸に命中した。悪魔は痛みに呻き声をあげ、彼に向かって殴りかかるが、彼はすんでのところでそれを回避した。目標を失った悪魔の巨大な拳は空を切り、彼の後ろの壁に突き刺さった。Johnはライフルを構え、頭上の呻き声の持ち主に対してもう一度プラズマを放った。 プラズマとロケットの爆発により既に壊れかけていた壁は、サイバーデーモンが腕を引き抜くと同時に完全に崩壊した。壁の崩壊により天井は崩れ落ち、瓦礫や鉄板などが雪崩のように降り注いだ。崩れ落ちた天井に埋まっていくサイバーデーモンは、怒りに溢れた叫び声を放っていた。 塵や埃が静まってきた中、自分が奇跡的に生きていることにJohnは驚いた。彼の下半身は壁の破片に埋もれており動くことはできなかったが、悪魔どもよりは全然マシだ、と彼は思った。瓦礫の下から漏れ出す、黒味がかった酸性の血液を見る限り、肝心の悪魔は全滅したようだった。 どうにか破片をどかそうと、しばらくの間彼は奮闘していたが、途中で諦めた。瓦礫は非常に重く、一気に取り除くのは不可能だった。無理に動かそうとすれば、他の瓦礫が落ちてくる危険もある。彼は一旦作業をやめた。かすかな光の中、彼は目を細めて周囲を見渡した。プラズマライフルは動力源が潰れていて、もう修理できそうになかった。エナジーセルは壊れやすい。彼の無線機もダメになっているはずだ。おそらく、巨大なコンクリートの塊の下敷きになっていては、もう機能しないだろう。 無理だと諦めたその時、Josonの声が再びその無線機から聞こえてきた。「そっちの様子はどうだ、John?」と聞くその声に、雑音は混じっていなかった。鮮明に聞こえる声を耳にして、Johnは違和感を覚えた。Josonの声らしく聞こえない。なんだが・・・年を取ったように聞こえたのだ。いや、年とったというのは正しくない。大昔の何か。その聞きなれた声は異常なほど明るく陽気で、偽者と言う他なかった。Earl Joson大佐とは全く別の、邪悪な何かが声の裏に潜んでいた。 「お前は何だ?」考えるよりも早く、口から言葉が出てきた。言い終えてから、無線機が瓦礫の下敷きになっていることを思い出した。その無線機から返事が聞こえた時、彼はなぜか少しも驚かなかった。 「私の名前など大切ではないのだよ、John」その声は古の悪意と歓喜に満ち溢れており、その奥に潜む生々しい邪悪にJohnは恐怖を覚えた。「大事なのは、君が悪魔を1体も殺してないということだ。奴らは君の父親を殺した。悪魔が存在することを知っていたために殺されたのだ、知ってるだろう?」 それを聞いたJohnの口からは、自然と叫び声が漏れ出した。「違う!」この声の持ち主が彼の父親のことをなぜ知っているかなど、彼には関係なかった。狂った父親を目の当たりにしてきた。恐怖に染まった父親の目を見てきた。それでも父親を愛していた。そんな6歳の頃のJohnに、彼はこの一瞬だけ戻ったのだ。彼は父親の正しさを証明したかった。「悪魔どもを殺してやる!」 「ほう?」物憂げに、それでいてからかうように声の持ち主が頭を振る様が、なぜかJohnには想像できた。「いや、John。君はわかってないようだ」一瞬、静寂が訪れた。突然の静寂に彼は胸騒ぎを覚えた。そして、ゆっくりと、そして優しく、真実が明かされた。 「君が父親を殺したんだ、John。悪魔は君だ」 その通りだ、とJohnは気付いた。宇宙に逃げることで、彼は直接手を下すことなく父親を殺したのだ。父親を置き去りにしたのだ、・・・悪魔と共に。彼がいなくなった後、影から這い出てきた悪魔どもに、彼の父親は食い殺されたのだ。Johnは胸が引き裂かれるような痛みを感じた。彼が一度も経験したことのないような激痛だった。彼はあえぎながら下を向いた。彼が感じていた痛みは、罪の意識が生み出したものではなかった。彼の肉体が実際に腐り始めていたのだ。肉が腐り落ちた穴からは、その下にあった骨が剥き出しになっていた。 低い笑い声が響く中、暗闇が彼の五感に絡みつき、そして彼の命を奪い取った。